レストア第一号が完成。榴弾をパーフェクトに近いかたちで再現できた。
前回の記事「60mm迫撃砲弾のレストア【ぴかぴかにしてみた編】」でご報告したとおり、京都の知人(スーパーマン)の工場で炙っても叩いても固着がとれずに完全分解できなかった榴弾(J-M49A2)を引き取ってきました。信管の台座と尾翼が外れません。
第二次世界大戦では、航空機生産を優先する資源節約のために、地上兵器のアルミニウム代用が進められました。迫撃砲弾も同様でベークライト製の信管(M52B1)が採用された理由です。この固体はアルミ信管の台座が外れませんから、ベークライト製の信管が出る前までに生産されたアルミ製のM52信管のついた初期型として再生することにします。
まずは信管を修復します。信管は、大きく台座とストライカーヘッド、ストライカーの3つで構成されていますが、この写真にあるように自衛隊の放出品で信管が完全な状態のものがコレクター市場に出回ることは滅多にありません(写真のいちばん右端の信管がもっとも原型に近いですが、後述するようにストライカーは変形しています)。
今回のレストア弾体についている信管の台座も、放出時に内部の部品を除去するときの作業で欠損があります。欠損部分はパテで修復します。この写真はすでに一部を修復した状態になります。ここからきれいに整形をしていきます。
ストライカーとストライカーヘッドです。今回は欠損していますので新造することにします。ベークライト製のM52B1信管は昨年に再現しています(→「迫撃砲弾のダミー信管をつくる。(未完)」)。今回の固体は信管台座にあわせてアルミ製のM52信管とするため、ストライカーヘッドは鋳造で再現することにします。
鋳造で新造したストライカーヘッドです。アルミは融点が高く、DIYでは困難ですので、融点が低いホワイトメタルで再現しています。これにストライカーを組み合わせ、内部にはバネを仕込んで、ストライカーが上下するギミックを仕込みます。
左から、今回鋳造で再現したM52、前回再現したベークライト製M52B1、実物放出品のM52A2です。実物のストライカーは本来の形状を保っていることがなく、このように着地時の衝撃で丸く変形していることがほとんどです。ストライカーを新造することで、本来の姿を再現できます。
ストライカーとヘッドをレストア弾体の信管台座に取り付けた状態です。おおむね原形のシルエットが復元できました。
信管には、2つの真鍮製の部品――留蓋(Slider Plug)と安全栓(Safety pin)があります。留蓋は信管の撃針機構を固定するネジ式のプラグです。安全栓は撃発時に撃針を作動待機状態にするためのものです。両者ともに使用済みの信管から取り外した実物がありますが、射撃時の圧力で膨張したうえに、放出時の取り外しでネジ廻しによって傷がついています。安全栓は市販の同じサイズの真鍮部品を流用するとして、留蓋は板金と研磨で修整することとします。
留蓋です。左が使用済みの放出品、右が未使用品です。左の放出品は膨らんでいるのがわかると思います。これを金槌で叩いて本来の姿にもどします。
上の写真が金鎚で叩いて修整した直後、下の写真が研磨後です。傷や凹凸がかなりありますが、研磨することで新品と同じぐらいにきれいになります。真鍮は空気に反応して酸化することで表面がくすみますので、安全栓とともに、クリアのラッカーを拭いてコーティングをします。
信管のレストアで残るのはセーフティワイヤです。セーフティワイヤは信管をぐるりと巻いているバネのワイヤで、発射前に取り外して着発信管を起爆準備状態にするものです。迫撃砲弾は、セーフティワイヤと安全栓の二重の安全機構が備わっているわけです。写真は、右が実物、左が再現したレプリカです。針金を曲げて焼きを入れることでバネとして機能します。
以上の作業で信管部のレストアは完了しました。次は弾体の修復です。
弾体は、錆による腐食で表面が凸凹していますので、パテで修正をしていきます。最初に大きな窪みは粘土状のアルミパテで肉盛りをします。ついで塗りパテを薄づけし、硬化後に研磨する作業を数回繰り返します。
修復後の状態です。まだ若干の凸凹はありますが、だいぶ目立たなくなりました。
弾体の修整が完了したら、いよいよ塗装です。今回は初期型を再現しますので、弾体の塗装色は黄色、尾翼は茶色になります。
北米のオークションに出品された不活性化処理済みのM49A2です。弾体が黄色に着色されています。米軍では、もともと炸薬を充填した弾薬類(砲弾、地雷)はこのように黄色の塗色でした。1943年10月に塗色規定が改正され、濃黄緑色(Olive Drab)で塗装されることになりましたが、この頃には、すでに戦時生産によりベークライト製のM52B1信管のついたタイプが製造されていました。今回のレストアでは、アルミ信管のM52がついたタイプを再現しますので、弾体の塗色は黄色で再現します。なお、アルミ信管の砲弾でも、既在庫品については黄色の塗色の上からODを上塗りして工場から出荷しています。
ところで、60ミリ迫撃砲榴弾の弾体は鉄の鋳造または鍛造で成形したあと表面を切削加工しています。このため、弾体の表面には旋盤の痕があります。パテによる修復で旋盤の痕は消えてしまっていますので、弾体の塗装と一緒にこの旋盤痕を再現します。
一度、弾体に塗装をしたうえで、旋盤痕を再現した様子です。粗めのヤスリをぐるりとかけることで、このように旋盤痕を再現することができます。
弾体の5本の帯状になっている部分は、射撃時に砲弾が飛ぶときにガスを流すバンドです。放出品は塗装されていることが多いですが、本来は未塗装です。ただ、塗装しないと錆びて赤茶色になりますし、今回はパテで修正しているため、シルバー塗装にしています。塗装のあとは弾体へのマーキングです。
兵器総監部の図面です。60mm迫撃砲弾のマーキングは、種別についての記載が3段、ロットナンバーが1段の計4段です。
砲弾へのマーキングは、本来は弾体の形状にあわせたスタンプにインクをのせてそのうえを砲弾を転がすことでマーキングをしています。今回は文字を切り抜いたマスキングシートの上から塗装することでマーキングを再現します。兵器総監部の図面にあるサイズを参考にデータをつくります。
マスキングシートでマーキングを再現するにあたっては、弾体がわん曲してるので、切り出す文字は曲率を考慮して扇型に変形させる必要があります。最初に紙でプリントアウトしたもので何度か砲弾に合わせて調整してからマスキングシートを切り出します。文字の部分を切り抜いて黒のペンキで文字を再現します。
再現したマーキングです。口径「60 M」、炸薬種別「TNT」、型式「SHELL M49A2」、最後にロットナンバー「LOT 3710-27 PA」です。塗装とマーキングで、ずいぶんと引き締まりました。
ここまでで、砲弾本体はおおむね完成しました。最後は、砲弾を跳ばすために尾翼に付随する推進薬を再現します。
60mm迫撃砲弾の尾翼には、尾翼にいれる推進薬(カートリッジ)、射程を延伸するために尾翼の外側につける増分(チャージ)、そして増分を留めるための留め金具(増分フォルダー)がつきます。
再現した推進薬(M5A1)です。推進薬は、20番の散弾と同じサイズのカートリッジで、鉛玉のかわりに火薬を詰めたものです。散弾のカートリッジでワッズに相当する部分の文字はスタンプをつくりました。
推進薬を尾翼にいれた様子です。推進薬は取り出しやすいように実物よりも径と長さを1ミリ小さくしています。
上が実物で使用済みの推進薬、下が今回再現したものです。実物は射撃時に燃焼によって尾翼の穴にあわせて穴があいています。
推進薬のカートリッジだけでは砲弾はそれほど飛びません。写真は射表です。「Charge」とあるのが増分の個数を指定している箇所です。増分がゼロのとき、射距離は最大で300メートルまで届きません。増分は積層された厚さ1ミリの燃焼材をセロハン包装したもので、尾翼に4パックが付属しています。推進薬から延焼して推進力を増すことで射程を延伸するのが増分の役目です。
再現した増分と留め金具です。増分は樹脂とセロハンで再現しています。増分フォルダは、もともと付いていたバンドに針金を通すことで再現しました。
新しくつくることで再現したパーツとアクセサリーです。これらを復元弾体に取り付けるとレストア完成です。
レストアが完成したM49A2榴弾と個包装する紙管(ファイバコンテナ)です。60mm迫撃砲弾は、このように信管と増分がついた状態のワンパッケージで防水性の紙管に入れて梱包されていました。
戦場の兵士が弾薬箱から紙管を取り出し、蓋を開けたときには、きっとこのように4つの増分が尾翼に挟み込まれた状態が見えたはずです。増分は先ほどの射表にあるように、射距離に対応した個数にします。余分は取り除きます。
紙管から砲弾を取り出した状態です。尾翼には推進薬のカートリッジが入っており、雷管蓋は閉められています。カートリッジの交換は基本的に考慮されていません。雷管蓋はネジ式ですが、セメントで密封されており、開閉するための専用工具も歩兵の属品としては制定されていません。
信管部です。ストライカーヘッドに型番の刻印がないのと、表面の処理が若干あまい以外は、実物と遜色ない出来映えだと思います。真鍮製の安全栓は射撃時にバネで外れるようになっていますので、実物同様にバネ留めが見えるように再現しています。真鍮製の留蓋は板金と研磨で本来のかたちと色が蘇りました。針金で再現したセーフティワイヤは実物同様に取り外しができます。
今回、完成した初期型M49A2榴弾は、3年前に着手した60mm迫撃砲弾のレストアで最初に完成した第一号です。しかし、あくまでスタディモデルという位置づけです。自分にとっての本番は、1943年以降に製造された後期型の榴弾と照明弾です。
京都の工場でレストアのために分解と塗装を完了した榴弾と照明弾です。上の写真が榴弾、下の写真が照明弾で、それぞれ7発ずつあります(榴弾の写真にある右の大きな弾体は81mmです)。榴弾はレジンで再現したベークライト信管をつけます。照明弾はすでに信管がついていますので、セーフティワイヤを新造します。弾体へのマーキングと推進薬類を取り付ければ、砲弾のレストアは完了です。