弾薬梱包を再現するにあたり、1942年から1944年にかけて実施された偽装塗色。どのような塗色がよいのか試行錯誤した結論がタイトルの「お歯黒ステイン」です。
この3つの木箱は、偽装塗色が実施された時期に出荷された実物の弾薬梱包です。左は軍曹のコレクションで1944年出荷の30口径小銃弾薬箱、中央と右がtokunagaの所有品で、出荷年不明のTNT1ポンド爆薬缶木箱(中央)と1944年出荷の60ミリ迫撃砲弾木箱(右)です。小銃弾薬箱はペンキ、TNT木箱と60ミリ砲弾木箱はステインによる着色です。このような色の違いは、偽装塗色規定がシンプルに「ブラウンのペイントまたはステイン」などと定めたからです。
弾薬木箱に茶色の偽装塗色が指定されたのは、確認できる限り1942年5月には定めがあり、当初は茶色のペイント(”painted brown”)でした。43年7月に改訂があり、上に示した赤線部にあるように、焦茶色(チョコレート色)のペイントもしくはステイン(”painted or stained dark brown (chocolate)”)に変更されています。この規定はさらに45年6月には茶色のステインまたは無塗色(”stainde brown”または”unstained”)と変更されています。変更の理由は、色(茶色→焦茶色)については偽装効果と塗料のコスト、塗色方式(ペイント→ステイン→無塗色)は経済性または省資源化であると思われます。
これは7年前と5年前にそれぞれ再現した弾薬梱包です。上は30口径機関銃弾薬の木枠梱包で、下が連鎖爆薬の木箱です。どちらも市販のステイン塗料をつかい、30口径は赤みが強い色に、連鎖爆薬は焦茶色に近いブラウンに仕上げました。しかし、どうも違うんですよね。色?いえ、偽装塗色の規定自体がアバウトなので色はどうでもいいんですよ。しかし、風合いが違うわけです。ステインの。
TNTと60ミリの木箱の表面です。80年前のものでボロいのですが、よく観察してみると、破損した木片のなかもちゃんと色がついています。外面を塗っただけでなく、ドブ漬けで繊維まで染めている、塗色というよりも染色に近い手法であることがわかります。この風合いは単なる経年ではなく、塗料と塗色(染色に近い)方法の違いに由来するものだろうと考えました。
そこで、いろいろと調べるうちに、酢酸鉄による塗色法を知ることになりました。一般的には「鉄染め」といった呼び方がされており、木工でアンティークっぽさを出す手法として知られています。具体的には、塗料に含まれる鉄イオンが木材に含まれるタンニンに化学反応して黒変化するもので、これは、かつて江戸時代から明治時代まで既婚女性の風習でつかわれてきた「鉄漿」「お歯黒」そのものです。
このお歯黒ステイン、もっとも手っ取り早く、しかも安価にできるのが、食用酢でスチールウールを溶かし、それを水で希釈して木材に塗るというものです。そこで、昨年のVショー展示に向けて60ミリ迫撃砲弾の木枠梱包を製作する際に取り入れてみました。
これが完成した60ミリ迫撃砲弾の木枠梱包です。驚くほど60ミリ迫撃砲弾木箱に近い風合いが実現できました。
左がお歯黒ステイン、右が実物の60ミリ木箱です。液に含まれる鉄分量と木材の樹種の違い、タンニンの含有量によって色合いは変わりますが、風合いは、これ以上ないというくらいにそっくりです。
お歯黒ステインの特徴として、塗った途端に酢酸鉄とタンニンが反応しあい、すぐに黒くなります。市販塗料に含まれる油分や樹脂がないために乾燥も早く、非常に作業効率が良いのが特徴です。ただし、酢をつかうために、若干、独特の香りがします。