塹壕エキスポってのがあるらしいよ。

「塹壕エキスポ」とは、2018年のMVGからはじまったイベント内イベントです。穴掘って、入って、翌日にはまた埋め戻すだけですが、すごく楽しいです。

 塹壕エキスポは、@A_S_Pirogovさんの発案ではじまったイベントのはずです。毎年初夏に群馬県軽井沢市で開催されているMVGのイベント内イベントという位置づけです。自分は息子と一緒に2018年5月に開催された初回にBCoのメンバーとして参加しました。このときは初の試みということで、軍曹(@Msg. Merwin J. Toome)の監修の下、先任(@xxkfirxx)とともに立看板と配布用のチラシを(かなり気合いを入れて)事前準備してPRに励みました。

 開催期間中に本部受付前に掲示させてもらった案内板です。目立つようにA1サイズの大型パネルで作成しました。地図に場所が書いていませんが、これは直前まで穴を掘る場所と参加グループの調整のためです。パネルはこの状態で業者に発注し、現地でシールを貼ったり、手書きしたと思います。パネルそのものの出来はよかったと思います。

 こちらはチラシです。イベント期間中に本部の受付で来場者へ配っていただきました。表面は、日系米兵の回想を引用して、歩兵にとっての塹壕の位置づけをご紹介しています。すごく辛そうな回想ですが、イベントでの自分たちは、もちろんそんなことはありません。裏面は、開催期間中に構築予定の各国掩体の説明です。足を運んでもらえるようにシークレット(右上の「Confidential」)も入れています。これなんだったかな?後述の一人用うつ伏せ掩体だったかと思います。

 このチラシは、A4サイズの両面カラー印刷で500部を作成しました。先任には「刷りすぎ!」と呆れられましたが、余った分は翌春に開催されたVショーのBCo展示ブースで配布して、2019年の開催回のPRにつかいました。

2019年3月に東京浅草で開催されたVショーでの展示は、こちらのレポート「VショーWWII米軍工兵・衛生器材展示に参加してきました。」をご覧ください。

 塹壕エキスポの展示場所です。MVG会場のリビング・ヒストリー・エリア西側、車両走行路を挟んだ森の前縁にあたる台上に、横並びで各国掩体を構築しました。入口には各国掩体を紹介する立て看板を設置しました。

 こちらは米軍エリアに設置した案内板です。二人組の小銃掩体(左イラスト)、一人用のうつ伏せ掩体(左上)、シェルター・ハーフ・テント(左下)の説明です。当日はこの通りに展開しました。

 初日の構築中の様子です。二人用の小銃掩体です。かなり掘り進んでいるように見えますが、まだ深さは半分程度です。掘るのは俗称「Tボーン」と呼ばれる個人装具の小円匙です。浅間山の麓で火山灰の土質のため、かなり掘りやすいです。それでもかなりの岩石もあり、午前中から昼食をはさんで午後まで、完成までにはけっこうな時間がかかりました。トラウザーズのポケットからスマホが見えているのはいかんですね。

 一人用のうつ伏せ掩体を構築中に、計測用の麻紐で深さを測っているところです。麻紐はあらかじめ教範に規定のサイズになるようにフィートでつくってあります。

 掩体の構造とサイズは教範に規定があります。浅かったり、大きすぎたりすると、攻撃を受けたときに敵弾や破片が飛び込んで負傷する恐れがあります。また、保温や雨滴を防ぐ耐候性にも影響があります。これではせっかく構築した掩体としての価値を損なうことになりますから、規定通りに構築する必要があります。実際に規定通りに構築することで、なぜそのように定められているかが理解できます。

 完成した二人用の小銃掩体です。まわりに盛り土をして敵弾避けとしたうえで、あらかじめ除けておいた草の生えた表層を、敵方を中心にして配置し、偽装します。なお、この掩体は見学者に配慮して、側面と底に麻土嚢をつめ、足場と崩壊防止の処置をしています。

 イベント開催中の2日間は基本的に掩体で過ごします。自分は息子と参加したので、夜はスモール・ウォール・テントで宿営しましたが、BCoのメンバーは有志で夜を掩体で過ごしています。掩体の上にはシェルター・ハーフ・テントを張り、底にブランケットを敷いて身体を横にします。食事は第一線を想定してグループレーションの10in1。4食ともに温食はありません。

 掩体での様子を撮影した写真を時代がけしてみました。左はバディのPvt.クライネさんです。翌年の2019年4月にイタリア戦線を再現した演習でもバディさせてもらいました。

2019年4月にかけて静岡県富士周辺で開催された演習時の様子は、こちらの回想風レポート「イタリアンフロントー1944年6月」をご覧ください。

 二日目の午後は、ミリタリーアーツさんのご厚意で、WW2米軍の3/4トラックであるWC-52をお借りして場内を一周しました。編成上、3/4トントラックは大隊本部に割り当てがあります。使役として本部に出頭する分隊の風景でしょうか。 

 最終日、撤収のときに主催のサムズミリタリア社長が来られて、ぜひ来年もやって欲しいとおっしゃっていただきました。参加者にも好評で、2019年6月のMVGでは、第2回目が開催されています。

 2019年に開催された第2回目のチラシです。自分はスケジュールが合わずに参加できませんでしたが、前年に引き続いてパネルとチラシを作成しました。2019年は機関銃の掩体が中心で、時代も第一次世界大戦から1970年代までと幅広くなりました。

 塹壕エキスポは、2020年のMVGでも実施の方向で検討されていたと思いますが、残念ながら新型コロナウィルス蔓延の影響によってMVGが開催中止となり、塹壕エキスポも開催できませんでした。2021年にMVGが再開できれば、塹壕エキスポも再開できると思います。ご関心のある方は軽井沢まで足を運んでみてください。

 本稿では、2018年に開催された第1回目の塹壕エキスポについて、筆者が参加したグループのBCoのみを紹介しました。もちろん、各国の掩体も素晴らしい光景でした。また、2019年のイベントには参加できませんでしたので、本稿では最新の情報をご紹介できませんでした。これらについては、先任がブログ「What Price Glory」で詳しくレポートしています。下記に記事へのリンクをつくりましたので、ご覧になってください。

MVG2019 塹壕Expoレポート 【1】 【2】 【3】
MVG2018「さんごーExpo’18」【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】

https://kfir.militaryblog.jp/

11月3日(祝・火)に、塹壕エキスポ発案者の@A_S_Pirogovさんが主催するイベント「Go to Trench キャンペーン」が大阪で開催されます。塹壕や糧食の再現が予定されています。海洋堂さんからドイツ軍の対空砲20mm Flak38も展示されるそうです。塹壕エキスポは来年のMVGまでお預けですので、すぐに楽しみたい方は参加されてみてはいかがでしょうか?イベントの詳細と参加受付は、こちらの→TwiPla「Go to Trench キャンペーン貸切」をご覧ください。

メスパンをまとめ買いしました。

WW2米軍の野戦用食器であるメスパン。プレスの工業製品ですが、計量してみると意外と幅があります。

 WW2米軍の野戦用食器であるメスパンをまとめ買いしました。いずれも1944年・1945年の製造品です。

 ならべた状態です。 メスパンは本体の素材がアルミで、持ち手やリングなどの金具はスチールです。クリーニング前なので持ち手に錆が出ています。左側の8個が1944年製造品、右側の14個が1945年製造品です。

プレスで大量生産する工業製品です。基本的に差異はないはずですが、せっかく製造年が近くまとまった状態もないと思うので計量してみました。

 フライパンと皿蓋にわけて計量しました。フライパンには製造業者と製造年の刻印がありますが、皿蓋には刻印がなく、異なる個体の組み合わせが考えられるからです(後述するようにリストの21番はおそらく組み合わせです)。

 計量の結果は次の通りリストにまとめました。記載は、個体番号、製造業者、製造年、皿蓋の重さ、フライパンの重さの順です。

  1. MA Co 1944年 189g 247g
  2. LEYSE 1945年 189g 243g
  3. MA Co 1944年 179g 242g
  4. LEYSE 1945年 189g 247g
  5. E.A Co 1945年 182g 243g
  6. KNAPP-MONARCH 1944年 183g 261g
  7. MA Co 1945年 190g 248g
  8. AGM Co 1945年 137g 200g
  9. KNAPP-MONARCH 1944年 191g 237g
  10. MA Co 1945年 185g 258g
  11. KNAPP-MONARCH 1944年 187g 246g
  12. E.A Co 1945年 185g 256g
  13. LEYSE 1945年 201g 235g
  14. MA Co 1944年 192g 239g
  15. LEYSE 1944年 193g 239g
  16. E.A Co 1944年 189g 243g
  17. MASSILLON AL Co 1945年 182g 239g
  18. LEYSE 1945年 178g 238g
  19. MASSILLON AL Co 1945年 189g 245g
  20. MA Co 1945年 193g 241g
  21. KNAPP-MONARCH 1945年 139g 249g
  22. MA Co 1945年 201g 252g

 下線で示した8番と21番は材質が明らかに違うものです(後述します)。それらを除いても、フライパンは235g~261g(平均245g)、皿蓋は178~201g(平均188g)とかなり幅があります。経年による摩耗もあるでしょうが、かなりの幅があることがわかります。

 下線部で示した45年製造品に、表面の処理が黄色がかって、明らかに軽いものが混じっています。8番と21番です。写真は8番です。重量をみてもわかるように、平均値より2~3割近く軽くなっています。なお、21番は皿蓋とフライパンは表面が違うので、異なる個体の組み合わせと考えます。

 フライパンの持ち手はスチールで変わりありませんから、明らかに本体の部分の素材が違うものと思われます。おそらく合金の配合成分が違うのでしょう。質感としては少し安っぽい感じがします。

 このブログをご覧になる方でメスパンを知らない方はいないと思いますが…温食支給のときはこんな感じで配膳されます。2020年9月20日に千葉県で開催されたイベントでBCoのメンバーとして参加したときの写真です。グループレーションの10in1を再現しています。

 まとめ買いしたメスパンは計量が済んだので、一部をヤフーオークションに出品しています。ご興味のある方は下記のバナーからご覧ください。

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2年ぶりのイベント参加です。

2020年9月20日に千葉県で開催されたイベントにBCoのメンバーとして参加してきました。イベント参加は2年ぶりです。野戦電話の架線と通信の基本を演練してきました。

 今回のイベント「軍装うろうろ撮影会」は、サバイバルゲームのフィールドをお借りしてはいますが、エアガンは使用せず、参加者が自由に談義や物販や教練を楽しむ、自由で和やかなイベントでした。新型コロナウィルスによる接触制限で、ほぼすべてのイベントが自粛中止を余儀なくされてきました。ようやく状況が落ち着いたなかでの久しぶりのWW2イベントということで、多くの皆さんと顔をあわせることができました。主催者の@nagatasub4455さん、ありがとうございました。

 イベントでは、主催者さんの意向に呼応して、参加者各位が持ち寄った日独米の野戦電話器材が集合し、操作方法などの知見共有がおこなわれました。イベントは午前10時から午後4時と、およそ半日の短い時間でしたが、非常に内容が濃い、有意義な時間を過ごせたと思います。BCoでは午前中に糧食再現と喫食、午後に有線構築の教習をおこないました。以下で時系列にイベントでの活動内容を紹介し、あわせて当日のレギュレーションと使用器材、当時の歩兵部隊における通信手段についてご紹介したいと思います。

 午前中は糧食再現と喫食です。グループレーションの10in1を再現したものになります。缶詰とクラッカー、粉末のインスタントコーヒーなどがセットになったものです。ライフル中隊には、コールマンが軍に納入したシングルガソリンバーナーが12台配備されており、このようにレーションを調理する目的としてもつかわれました。少しでも温食として美味しく食べられるようにという分隊長の心遣いが嬉しいですね。各自のメスキットに配膳して、美味しくいただきました。

 13時から有線の構築にかんする教習です。まずは座学で、器材の基本的な扱い方、架線や結線の仕方などを学びます。有線で通信が途絶する原因が短絡と断線です。ともにちょっとした工夫で防ぐことができますが、実際に学んでみると、非常に納得します。

 座学のあとは、森林内に移動して、実際に架線をしたうえで、電話機をつかった通話応答テストを実施しました。樹や草などの地物を利用して、架線をしていきます。通話は、EE-8野戦電話機と音声通話器TS-10でテストをおこないました。フィールド内の架線は約100メートルと短いものの、リールに約400メートルの有線を巻いた状態でテストします。70年以上前の器材で非常にクリアな音声が聞こえることに驚きとともに、実用性の高さを実感しました。

 BCoでは、リエナクトメントの実践として、演習やイベントに応じて、都度、史実を想定したレギュレーションを設定しています。今回のイベントにおけるレギュレーションは次の通りです。

レギュレーション

【想定部隊】アメリカ陸軍 第34歩兵師団第133歩兵連隊第100歩兵大隊B中隊第3小隊

【被服・装備】
※複製品、代用品の使用可。代用品についても複製品に準じます。
※「推奨」はあるとより良い物を指します。
※「☆」印は装備位置を示します。

・被服(すべて必須)
ODサマースリーブレスアンダーシャツ/ODアンダードラウアー/ODウールクッションソックス/ウール(マスタード)シャツ(34師団章着用)/ウール(マスタード)トラウザース/トラウザースベルト/気候によりODフィールド(M41)ジャケット(34師団章着用)/サービスシューズタイプⅢ(いわゆるM43型ラフアウトブーツ)及びレギンス/レインコート(☆ハバーサック)

・装備(共通)すべて「推奨」
ハバーザック/Tボーンショベル(☆ハバーサック)/ガスマスクバック(ライトウェイト)カーキ(面体無くても可)/M1ヘルメット(34師団章ペイント必須。固定ベイル推奨、可動ベイル可、プラスチックヘルメット不可)/ハーフテント(OD、カーキ共に可、カーキ推奨。スナップボタンのタイプは不可)/ウールブランケット×1(☆テントロールで携行:推奨)/メスキット(☆ハバーサック)及びメスキットポーチ

・装備(腰周り)
ライフル装備:M1923カートリッジベルト/水筒(☆右腰)/包帯ポーチ(☆左横)/銃剣(☆左腰またはハバーサック)
カーバイン装備:ピストルベルト/包帯ポーチ(☆左腰)/水筒(☆右腰)/マガジンポーチ(☆左前)/ナイフ又は電工ツール(☆左腰)(任意)

・装備(火器)
M1ライフル及びバンダリア 1~2本(任意)/手榴弾 1~3発(任意)/今回はM1カーバイン可

・「推奨」被服及び装備ならびにハバーザック入組品
防寒アンダーシャツ(着用は任意)/防寒アンダーパンツ(着用は任意)/ドックタグ(ボールチェーン。又は紐)/ニットキャップ(形状、色が著しく違う複製品は使用不可。実物推奨)/ハンカチ/M36サスペンダー(ストラップ切断品のみ使用可能)/M1ヘルメット(固定ベイル)/ヘルメットネット(スモールメッシュ官給型。他は不可)/ウールクッションソールソックス 1~2足/レインコート/メスキット/ハックタオル/洗面セット

これらの装備類は原則、自弁でご用意いただきますが、「どうしても○○だけ用意が難しい」等の場合、余剰品のレンタルもしくは販売できる場合もあります。ご相談下さい。
ウール、金属アレルギー等有る方はご相談ください。

【その他】
髪型はサイド、後部は短く、モミアゲは耳の穴より上で整えて下さい(長髪の場合分からない様に極力工夫して下さい。)
眼鏡はボストンフレーム。
時計は当時のスクエア又はオーバルタイプの私物品、同等品以外は着用不可(服薬等で時計が必要な場合、事前にご相談下さい)。


【階級(役職)】※事前に指名
基本的にPvt 兵のみの募集です。階級章についてはこちらから指定する他は着用無しでお願いします。

 レギュレーションにあわせて用意した個人装備です。中隊本部所属の伝令もしくは大隊通信小隊から派遣応援された通信兵の想定になるかと思います。このほかに被服と野営具(テント及びブランケット)が加わりますが、当日のイベントでは軽装での教習となりました。

 イベントで使用した器材です。左上からCS-34電工具セット(TL-29電工ナイフ、TL-13電工プライヤ、レザーケース)、EE-8A/B野戦電話機、C-114回線増幅器、RL-39リールユニット(DR-8Aリール及び有線、ST-34/35ストラップ)、TS-10音声通話器です。WW2米軍歩兵部隊では、ライフル中隊がRL-39とTS-10の組み合わせで構成するCE-11ユニットを2セットで、無電池音声通話2回線が規定装備になります。電話機は大隊通信小隊の装備です。

 最後に、1944年のフォートベニング歩兵学校の資料に基づいて、当時の歩兵部隊(大隊及びライフル中隊)の通信器材及び構成についてご紹介します。

 この構成図は、1944年時点の歩兵大隊内における連絡手段と構成を示したものです。各中隊との連絡手段は有線(TELEPHONE)、無線(RADIO)、伝令(MSGR)、信号弾(PYROTECHNICS)です。信号灯(LAMP)は1944年に廃止されているので記載がありません。∞マークは空地連携でパネルなどをつかいます。

 図の中央にあるライフル中隊との連絡手段のうち、有線と無線について着目してみます。まず有線には「CE-11 or EE-8」とあります。CE-11は、ライフル中隊が装備する無電池音声通話回線です。EE-8は大隊通信小隊から貸し出す電話回線になります。無線は「SCR-300」とあります。これもEE-8と同じく大隊通信小隊から中隊へ貸与されるものです。

 当時の無線機の限界(電池と電波)から、大隊~中隊間の連絡を無線に頼ることはすこぶる不便であると同時にリスキーでもあります。そこで有線を引いたうえで電話機(EE-8)を貸与されることも少なくありませんでした。この構成図はその実態を示しています。

 こちらの図は、同じく1944年時点でのライフル中隊内における連絡手段と構成を示したものです。ライフル中隊が編成上有する通信器材は、前述の通り、有線がCE-11による無電池音声通話2回線、無線はハンディタイプのSCR-536が6台です。CE-11による有線は、大隊間との連絡に1回線をつかうので、残り1回線を火器小隊の60ミリ迫撃砲チームで観測につかいます。中隊本部と各小隊間は無線で6台のSCR-536を充てます。各小隊に4台と中隊本部に1台ですから、残り1台は予備と考えられます。

音声通話器TS-10はヤフオクに出品中です。1944年製で動作確認済みのものです。ご関心のある下記のバナーからご覧ください。

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過去最高の歴史再現!MVG 2017 in ASAMAに参加してきました。

世界にも自慢できる、素晴らしい歴史再現のイベントです!

 北軽井沢の旧浅間サーキットで、2017年6月16日(金)~18日(日)の日程で開催された、サムズミリタリヤさん(http://www.sams-militariya.com/)主催のイベント「MVG 2017」に参加してきました。M3ハーフトラックを始めとする貴重な実働軍用車両と、当時を忠実に再現したキャンプ。ミリタリービークルコレクターと、ミリタリーリエナクターの皆さんの共演です。サムズ社長が、英国のWar & Peace Showを再現したいと、各グループと調整して開催された本イベントは、日本のミリタリーイベント史上で初めてと言える内容充実した第二次大戦歴史再現の舞台になったと言えると思います。

 開催期間中は天気にも恵まれ、参加者の皆さんは、思う存分、当時の情景再現とミリタリービークルの走行、さらにヒストリカルサバゲーを楽しまれていました。

 こちらの写真はM3ハーフトラックの走行シーン。ミリタリーアーツ(https://www.facebook.com/1045463282180646/)の皆さんのご協力による走行会は、土日の2日間にわたって行われ、車載機関銃の擬似発砲音を響かせて、イベントを盛り上げてくださいました。

 夏でも冷涼なイベント開催地では、松の針葉樹と山ツツジが美しい、ヨーロッパを彷彿とさせる風景のなか、当時へタイムスリップしたのでは?と思わせるほどの素晴らしい光景が広がります。写真はドイツ軍キャンプ前の街道上に停車したキューベルワーゲン。

 当時を再現したテント群と軍用車両が集結し、リビングヒストリーエリアでは、まさに第二次大戦の欧州戦線にタイムスリップしたような感覚すらするような完成度の高さです。写真は、リエナクトグループのBCoさん(http://www.eonet.ne.jp/~kfir/)の協力によるキャンプの風景。3日間にわたって参加者に対して当時を忠実に再現した糧食の提供が行われました。

 乾燥素材と缶詰をメインに作られた戦場メニューです。私たちは、2日目の朝と3日目の昼の2食をご馳走になりました。1食500円というリーズナブルさ。メスパンでいただきます。味は…正直、期待していなかったのですが、とても美味しい!!!…しかし、Bco糧食班の先任さん(https://twitter.com/xxkfirxx)に感想を述べたところ、「むしろ不味いと言ってもらった方が、『いえ、これが当時の味なんです』と言えるんです♪」。このような一般参加者を対象にした大規模な戦場糧食の再現は、日本のミリタリー史上初であると同時に、海外のイベントと比較しても遜色のないレベルの高い歴史再現だと思います。

 さて、今回、私は、小学生の息子と二人で、レプリカのスモールウォールテントを使ってリビングヒストリーエリアでキャンプしようと乗り込んだのですが…なんと金曜日の夜は、Bcoさんのグループのみしかおらず。隊長さん(https://twitter.com/bco_100bn)にお聞きしたところ、快く、BCoさんの将校用スモールウォールテントの横に並んで設営させていただきました。この写真の一番手前が私共親子のテントです。

 こちらが我が家のテントです。見た目は、歴史再現を損なうような現代品(オーパーツ)は目には入りませんが、しっかりとテント毎に役割を割り振っているBcoさんのテント群のなかに、ノンコンセプトのスモールウォールテントが一張り…テント内には2つのフォールディングベッドを置いているので、下級将校用ということになるのでしょうが…。快く混ぜていただいたBCoさんの皆さんに感謝です。…ところで、この写真のなかで、私が一番こだわったのは何でしょうか?…正解は、2脚のイスです。

 第二次大戦当時に米軍が使ったイスで(いえ、本当はコーストガードかもしれませんが…)、このように、連邦財産であることを示すマーキングが背面にあります。息子と二人でまったり過ごすのに輸入しました。送料・関税を含めて、かなりかかりましたが、誰もこのぼろイスのことを聞いてくれる人は居ませんでした…(涙)

一方で、こちらの機関銃手用のバンカーは好評で、撮影会のモデルさんたちや一般参加の皆さんの記念撮影に使っていただきました。

 多くの銃では、撃ち殻の薬莢は、銃本体の右側面から排出(排莢)されますが、ブローニングM1919機関銃は、本体下部に排莢口が設けられているので、空薬莢も真下に落ちて散らばります。このため、空薬莢もそれっぽく配置しました。

 機関銃手用のバンカーは、リビングヒストリーエリアの端、ちょうど街道に面する窪地を広げて、ドイツ軍宿営地を狙い撃てる場所に造営しました。本当は、1重の土嚢では耐弾には不十分で、2重・3重が本来の姿ですし、米軍教範にある形状とは違いますが、まあまあ雰囲気は出たと思います。

 機関銃で狙いを定める我が息子。射線の先は…ドイツ軍中隊本部に居る、サムズ社長です!

 MVG 2017、参加者の皆さん、お疲れさまでした。また、我が家のチビ助を多くの皆さんに可愛がっていただきましたこと、この場を借りて御礼申し上げます。息子もぜひまた参加したいと言っていますので、次回はもっと再現度を上げて参加させていただきたいと思っています。皆さんも来年はぜひ、ご参加ください。世界にも自慢できる、素晴らしい歴史再現のイベントです!

WW2 米軍 Kレーション木製クレートの再現

第二次世界大戦時の米軍の戦闘糧食「Ration Type K(Kレーション)」の梱包材を再現しました。

 Kレーションは、ファイバーボードもしくは段ボール製のインナーボックスに、朝・昼・夜の3食分を12セット、計36個を詰めて、木製クレートに梱包した形で工場から出荷され、前線に送られました。

 木製クレートは、当時と同じ無垢材を使用し、サイズは実物と同寸の560mm×320mm×220mmで作成しています。段ボール製のインナーボックスを入れた状態です(本来は防湿シートにくるまれています)。

 インナーボックスは、「KS」タイプのものが防湿のファイバーボード製で、「K」タイプのものは段ボール製です。「K」タイプの段ボール製は、ラミネート加工された防湿シートで密閉された後に木製クレートに納められました。今回は段ボール製の「K」タイプを再現しました。

 木製クレートの前後には、戦闘糧食を示す独特の半月状のマークとともに、大戦初期~1944年後半までは「KS」、1944年後半~1945年は「K」のマーキングが大きく目立つようにスタンプされました。QMから始まる番号は、納入業者番号です。「KS」タイプは側面に、「K」タイプは前後にスタンプされました。

 側面には、片側だけ1箇所に、出荷業者名と出荷年月がスタンプされました。こちらは「K」タイプで、1945年2月にケロッグ社から出荷されたものを再現しています。

 「KS」タイプと「K」タイプの移行時期は、はっきりしません。1944年後半には、「KS」と「K」の両方が混在したようです。インターネットで検索した限りでは、ケロッグ社が出荷した木箱で現存するもので、1944年10月の「KS」、1945年2月の「K」のスタンプのものが確認できます。リエナクトでは、1944年までは「KS」のスタンプのクレートを使うのが時代考証的には間違いないようです。

Kレーションのレプリカボックスをヤフオクに出品中です。戦争後期の彩色が施された朝・昼・夜のボックスがセットになったものです。このように市販のクラッカーや缶詰、ガムやチョコを組み合わせることで、当時の雰囲気を再現できます。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/r272472746

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