日本軍を真似た…が、上手くいかなかった?米軍60ミリ迫撃砲“ONE MAN MORTAR METHOD” #1

あまり知られていないことですが、米軍は日本軍を見倣い、早い時期から60ミリ迫撃砲の擲弾筒的運用を試みています。後にM19や戦後のグレネードランチャーへ発展する素地になったと思われます。

 米軍の60ミリ迫撃砲M2は、第二次大戦で歩兵に随伴できる重火器として重宝された小口径の迫撃砲です。もともとはフランスのストークス・ブラン式迫撃砲をライセンス生産したものです。このブラン式迫撃砲は非常に優れた兵器で、口径の大きな81ミリのバージョンは、米国(M1)だけでなく、中華民国(二九式)や日本(九七式曲射)も採用したうえに、ドイツやソ連も口径を変えた模倣品を作りましたので、各国が同じ迫撃砲で撃ち合っていたことになります。

 60ミリ迫撃砲用のマウント(砲架)とベースプレート(床板)です。マウントには米国製であることを示すプレートがついています。型式はM5。これに口径60ミリのバレル(砲身)と撃針が組み込まれたカップ(砲尾)を組み合わせたもののが基本構造になりますが、このマウントは手動式発射機構が追加された改良型の新型M19にも対応します。

 こちらがM2の改良型として1943年に制式された新型のM19です。もともとM19は二脚式のマウントがなく、小型のM1ベースプレートだけが装備されており、日本軍の擲弾筒や英軍の2インチ迫撃砲のような使用方法が想定されていました。しかし、その後にM5マウントと組み合わせて利用されるようになったようです。


 なお、この新型M19で採用された小型のM1ベースプレートについては、よく海外でも空挺用という表現がされますが、必ずしも適切ではないと思います。なぜなら、米軍教範には空挺部隊に限定しない“ONE MAN MORTAR METHOD”が1943年から盛り込まれているからです。
#2に続きます。

コメントを残す

Scroll to top