M1919機関銃用の木箱を再現する。

WWII時代にミシガン州サギノーのGM工場で生産されたM1919A4が工場出荷された時の木箱を再現しました。

 ブローニングM1919機関銃用の木箱は海外でもDIYが盛んです。ネットで調べると、だいたい銃と三脚と弾薬箱が一緒に入ってキャスターが付いている。射場への持ち運びしやすい利便性を重視しているのでしょう。

 撃つ必要のない無可動。ここはやはりオリジナルに近い形で再現したい。ただ、戦地では基本的に機関銃の木箱は、保管収納する必要がある艦船を除けば軍用としては存在しません。唯一、工場出荷時のものがあるだけです。その木箱も戦地では薪や木工材料として解体使用されたでしょうから、現存するものはほとんどないようです。

 地上戦用として出荷された機関銃の木箱で確認できるのは2種類あります。縦置きで収納するタイプと横置きで収納するタイプ。縦置きタイプは戦中で、横置きタイプは戦後バージョンです。今回は縦置きタイプを製作しました。

 ステンシルはミシガン州サギノーにあったゼネラルモーターズの工場で生産されたM1919A4用の木箱を再現しています。「30 BMG」「M19A4」「MICH」など、文字が省略されているのは実物に倣った通りです。

 ところで、銃身に対して木箱が大き過ぎるのでは?と思った人は勘がいいです。この木箱は水冷式M1917機関銃と共用でした。第二次世界大戦後に水冷式が廃止されると、木箱はM1919にあわせて横置きタイプのスリムなものになりました。

 木箱にはかなりのクリアランスがあるため、このように二脚や属品も一緒に収納できます。

 今回製作した木箱は、無垢板の反りで隙間が目立つうえ、間仕切りも本来の溝継ぎを省略しています。出来は甘いですが…見た目の雰囲気は良いと思います。

マーキング再生は下記のブラザー社製のカッティングマシンを使っています。WWII時代のマーキングはステンシルではなくスタンプが多いので、スタンプを再現する際にカッティングマシンは重宝します。

九二式重機7.7ミリ弾 補給用弾薬箱の作り方

先日に試作した九二式重機7.7ミリ弾を600発収納する木製弾薬箱。週末のイベントに持ち込んだところ、好評いただきました。関心のある方がご自身でお作りになれるように作り方を公開します。

 板厚21ミリの杉無垢材を利用して作る方法です。私はカットサービスのあるホームセンターで購入した板材を下記の指示書でカットしてもらいました(2個分)。幅240mmの板材で、長さ3650mmと1820mmのものを1枚ずつ使用しています。これで側板8枚、天板・底板4枚、麻縄を通す補強板8本の計2箱分が取れます。ご自身で切れる場合は、板取りの内訳としてお使いください。図中の(1)~(11)はカットの順番です。

 4枚の側板は、短い方がオス、長い方がメスの切りかけを組み合わせる形になっています。オスの切り欠けは四辺を落とすだけですが、メスの切り欠けは、鑿を使ってキレイに仕上げるのはコツが入りますので、自信のない方はカットサービスを使うのが無難だと思います。 こちらが切り欠けの指示図です。

  持ち手の縄を通す補強板は、両端角度70度の平行四辺形です。縄を通す部分を一箇所くり抜きます。麻縄はホームセンターの在庫の関係で12ミリのマニラロープを使用しましたが、10ミリロープでも良いと思います。長さは1本あたり1メートルです。

 短い方の側板に標記するステンシルです。私はカッティングマシンでマスキングシートを作製しましたが、この画像を原寸大でプリントアウトして黒い部分を切り抜き、再剥離可能なスプレー糊で貼り付けて上から黒のスプレー塗装でも可能だと思います。

 偽装塗色については、塗色を指示した通牒文書が見つかりませんので、現存する実物画像を参考に、緑と茶をまぜたペンキで刷毛塗りをしています。標記のある面も塗色はあったようですが、標記を見えやすくするために、今回の試作では塗っていません。

 製作にあたっての注意点としては、無垢材は店頭で販売されている段階ですでに反っていることが多いため、組む前に反りを出来るだけ直す必要があること。この場合、反っている裏面に水をつけて、反対側を表にして日光で乾かすと裏側に反って真っ直ぐになります。ただ、完全に真っ直ぐにはならないので、組み立て時は隙間が出来ないように、木ネジ(平頭のマイナス)か、ねじりのある釘を使うのが良いと思います。

南方戦線向け九二式重機関銃用の木製弾薬箱

以前から気になっていた日本軍の重機関銃用弾薬箱を製作しました。九二式重機関銃の7.7ミリ弾を保弾板で留めて紙箱でパッケージした30発を20個、計600発を収納するものです。

 日本軍の重機関銃用弾薬箱でよく見かけるのは、布張りで開閉式のフックの付いた、カーキ色の側面に「甲弾」の標記があるものですが、今回、製作したのは、このように緑色で着色された木箱に麻縄が付けただけ、留め金具もなく、蓋は釘止めという簡素な外観のタイプです。

Twitterでこの弾薬箱は「補給用」で、携行用とは異なるものである旨をご教示いただきました。ご報告申し上げます。


(2019年3月14日追記)

 こちらが現存する実物の画像です。日本では出物を見たことがないのですが、米国のネットショップやオークションでちらほらと確認できます。緑の着色からしても、おそらく太平洋戦争期の南方戦線へ向けて出荷されたタイプでしょう。

緑色の着色は、日本軍の偽装塗色ではなく、中国で戦後に接収された後に共産軍が塗色したものという説があるようです。


(2019年3月14日追記)

 アジア歴史資料センターのデータベースを検索したところ、箱の形状を定めた文書は見つかりませんでしたが、標記については、1944年5月に改正された時の兵器行制本部の文書が残っていました(C13010166100)。ネットで見られる実物画像も、ほぼ同様の標記ですので、これで間違いないでしょう。

 また、弾薬箱へ迷彩着色を施すことに関する文書も存在しており、細かい仕様については不明ですが、迷彩としての緑色の着色は、1944年8月頃まで行われたようです。「兵政補第七八三四号」で「補給用弾薬箱偽装塗色廃止」が通牒されています(C13010167700)。以上から、このタイプの弾薬箱は、いつ頃から出現したのかは不明ですが、1944年の中盤には標記変更と迷彩着色が廃止されていますので、海上輸送が途絶える前に南方戦地へ送られた弾薬箱の多くはこのタイプだったと推察されます。

 今回、製作したものは、現物が手元にないので正確なサイズが分かりませんが、実物画像と、内容物(保弾板留め7.7ミリ弾20発紙箱を横向きに立てて10列2段で収納)からアタリをつけ、板材の都合も考慮した上で、おおよそ横幅47センチ×奥行き22センチ×高さ22センチで製作しました。板厚21ミリの杉無垢材です。迷彩色は、緑をベースに茶色を混ぜたペンキをハケで着色しました。

 この弾薬箱は、このように四面の側板がそれぞれ切り欠きした4枚の板で組み合わさっています。木工で「欠き込み」「かぎ込み」と呼ばれる支持力が強い工法です。実際に製作してみて、耐荷重的に、実物はもう少し板厚が薄い気がしました。板厚は16ミリくらいでも良いかもしれません。

 試作で2箱を製作しました。持ち手のロープは麻製12ミリのマニラロープです。面白いもので、実物は片面に2本、斜めに取り付けられた補強材に通すロープ位置が上下で互い違いになっています。これも実物同様に再現しました。


 なぜ互い違いにしたのか、ちょっと分かりませんが、完成後に両手で持ってみる分には、特に違和感はありません。私感ですが、ユージンスレッジ『ペリュリュー沖縄戦記』で日本兵が背負う弾薬箱は、このタイプで、2本の麻縄を両肩に通して背負った気がしています。だとすると、麻縄はもう少し長かったかもしれません。

 側面の標記は、ステンシル文字になっています。この文字がクセモノで、最も近い明朝体のフォントで旧体字をいったんピクセル画像化した上で、一文字毎に加工修正、最後にイラストレーターで読み込んでアウトライン化したデータをカッティングマシンに送信してマスキングシートをカットします。最後にマスキングシートを貼ってスプレー塗装です。

 実物と比べると、若干、文字のラインが細いですが、雰囲気は出ていると思います。工場出荷年月と番号は書き入れていませんが、筆で手書きすると良いかもしれません。標記は1面だけか2面に同じ標記があったのか不明なため、また、急ぎでもあったので、片面のみです。

 出来上がりの精度としては、65%くらいという印象です。今週末のイベントに間に合わせるために、約1週間という突貫作業だったため、無垢材の反りを十分に修正できずに若干の隙間が出ていること、初めての鑿を使って切り欠けにトライしたこともあって、切り欠け部分の精度がイマイチでした。釘も打ち直しをしたので釘抜の痕も残っています。仮に次回リベンジするならば、切り欠けについては、はめ込みのメス側はホームセンターのカットサービスに依頼しようと思っています。

ユージン・スレッジ著『ペリリュー・沖縄戦記』。著者のスレッジは、ペリリュー攻略戦中に木製弾薬箱を担いで逃げる日本兵の姿を目撃し、その様子を記しています。補給が途絶えた孤島で玉砕を前に戦った日本兵の悲惨な姿です。

「The Pacific」の原作にもなった書です。ドラマでは登場人物(特に親友)がだいぶデフォルメされていることがわかります。また、ドラマのなかでの兵士たちの所作の理由がよくわかるので、まだお読みでない方はご一読をオススメします。