シャベル以外の土工具の携行区分を考えてみましょう。
前編からの続きです。1944年2月時点の歩兵小銃中隊編制装備表(T/O & E 7-17)によると、中隊の定員193名に対してシャベルの定数は137です。第二次世界大戦の米陸軍歩兵についていえば、「歩兵といえども全員がエンピ(シャベル)を持つわけではない」のです。
背嚢です。リエナクトメントではシャベルを吊るしていますが、フックは共通ですから、このようにツルハシ(左)や鉄線鋏(右)を吊るすことができます。写真にはないですが、手斧も同様に吊るすことができます。いえ、「できます」ではなく、「できるように開発した」が正しいでしょう。
編制装備表から歩兵小銃中隊の土工具の定数をみてみましょう。シャベルは137、手斧は19、ツルハシは37、鉄線鋏は37で、合計230です。中隊の定員よりも37多くなっています。2つ持ちの兵士が2割ほどいたことになりますが、8割の兵士は土工具は1つ持ちだったわけです。
※後述するように、小銃隊を中心に、シャベルと鉄線鋏の2つ持ちで、背嚢にはシャベルを吊るし、鉄線鋏はカートリッジベルトまたはピストルベルトに吊るしたと思われます。
土工具の割合としては、シャベル7:手斧1:ツルハシ2:鉄線鋏2となります。これはマーケットに流通する放出品の傾向とも一致します。入手が比較的容易なシャベルやツルハシに対して、手斧や鉄線鋏の入手が難しいのは、装備数=民間への払い下げ量の多寡が背景にあります。どちらかといえば、手斧のほうが鉄線鋏よりもマーケットに出回る数が少ない感じがしますが、それは鉄線鋏が放出後に民間での用途が限られるのに対して、手斧は野良作業で消費されたからでしょう。
さて、歩兵小銃中隊における土工具の定数は判明しました。では、実際にリエナクトメントにおける再現で不可欠となる分隊規模での携行区分はどうなっていたのでしょうか?残念ながら編制装備表には土工具の携行区分は示されていません。この点、時期はかなり遡りますが、1940年発行の歩兵大隊教範(FM 7-5 “The Rifle Battalion”)に示された携行区分が参考になると思われますので以下に示します。
職名の後に括弧で人数と携行指定のある土工具を記載しています。全員が土工具を持つのではなく、職責に応じた器材の割当がされていることがわかります。
- 小銃小隊指揮班(Rifle Platoon Command Group)…小隊長(1)=なし、先任下士官(1)=鉄線鋏1、教導(1)=なし、伝令(2)=ツルハシ1、シャベル1。
- 小銃分隊(Rifle Squad)…分隊長(1)=鉄線鋏1、副分隊長(1)=手斧1、分隊員(10)=ツルハシ3、シャベル7。
- 自動小銃分隊(Automatic Rifle Squad)…分隊長(1)=鉄線鋏1、副分隊長(1)=手斧1、分隊員(6)=ツルハシ2、シャベル4。
- 火器小隊指揮班(Weapon Platoon Command Group)…小隊長(1)=なし、小隊下士官(1)=なし、輸送下士官(1)=なし、伝令(2)=シャベル2、運転手(2)=なし。
- 軽機関銃班(Light Machinegun Section)…班長(1)=鉄線鋏1、伝令(2)=なし。
- 軽機関銃分隊(Light Machinegun Squad)…分隊長(1)=手斧1、分隊員(4)=ツルハシ1、シャベル3。
- 60mm迫撃砲班(60-mm Mortar Section)…班長(1)=鉄線鋏1、伝令(1)=シャベル。
- 60mm迫撃砲分隊(60-mm Mortar Squad)…分隊長(1)=手斧1、分隊員(4)=ツルハシ2、シャベル2。
この携行区分を見ると、小銃隊では分隊長が鉄線鋏を携行するのに対して、火器小隊では分隊では鉄線鋏を携行せず、班長が鉄線鋏を携行しています。敵への攻撃に際して、小銃隊は(工兵の開削ロ)から先頭を切って敵陣地に突撃し、必要に応じて鉄条網を切断するなどの作業もおこないますが、軽機関銃と60mm迫撃砲の分隊は小銃隊に随伴する支援職種ゆえに、その必要性に乏しいからでしょう。火器小隊で両班長のみが鉄線鋏を携行しているのは、防御陣地の構成につかったり、観測に挺進するときにつかう用途を想定しているものと思われます。
1940年歩兵大隊教範に示された土工具の携行区分は、第二次世界大戦が始まって以降の編制とは異なりますから、あくまでも「考え方の参考」に過ぎませんが、これを1944年の編制装備表における定数と備考欄に照らし合わせると、概ね小隊以下は次のような携行区分であったと思われます。
- 将校は全員がシャベルを携行する。
- 小銃小隊本部下士官(3)と小銃分隊長(9)、火器小隊の各班長(2)はシャベルと鉄線鋏を携行する。
- 小銃副分隊長(9)と火器小隊迫撃砲分隊長(3)及び軽機関銃分隊長(2)は、手斧を携行する。
- 小銃分隊(分隊長・副分隊長を除く)は、7名がシャベルを、3名がツルハシを携行する。
- 火器小隊の迫撃砲分隊と軽機関銃分隊では3名がシャベルを、1名がツルハシを携行する。