エンピを持たない歩兵もいたようで。(前編)

 第一次大戦が「塹壕の戦争」とも呼ばれるように、近代戦では塹壕の存在と、その塹壕をいかに破壊し、攻略するかが陸戦の帰趨を決める要因と考えられるようになりました。

 塹壕には、歩兵が掘る一人用の穴から火砲用の掩体、連絡路を縦横無尽に巡らせた要塞のようなものまで、戦場での必要性によって様々な形態があります。しかし、基本的な構造は単純で、地面に穴を掘って敵から自らを隠蔽し、銃砲弾の破片による被害を防ぎます。また、戦車の蹂躙をやりすごします。

 第一次大戦以降、各国の歩兵は、必ずシャベル(日本語では円匙=エンピ)を装備するようになりました。火線下での行動停止時には必ず穴を掘り、そこに身を隠します。戦場馴れした兵士にとってシャベルは白兵戦で有効な武器としても重宝されたようですが、基本は穴を掘るための装備です。

1944年8月ドイツ戦線で、新しいストレート柄のシャベルで掩体を構築する60mm迫撃砲分隊員。

 第二次世界大戦の米軍歩兵もシャベルを装備していました。大戦中にもっともオーソドックスな個人装具は、カートリッジベルトと呼ばれる弾帯にハバーサックと呼ばれる背嚢を連結させたもので、シャベルは背嚢に吊します。T字型の柄のついたもので、後にストレートタイプの柄のものに更新されました。

 ところで、実際にリエナクトメントにおける再現活動で穴を掘ったことのある人には馴染みがあると思いますが、シャベルだけで掩体を構築するのは難しいことが多々あります。木々の根の除去には手斧を、岩盤や粘土層にはツルハシが重宝します。

1944年のイタリア戦線でシャベルとツルハシをつかって掩体を構築する歩兵小銃隊。

 第二次世界大戦の米陸軍歩兵が装備した土工具です。制式には”Entrenching Tools”(掩体構築器材)に分類される装備品で、このうち歩兵一人一人が携行する小さいものと、中隊で一括管理する比較的大きめの器材が準備されていました。歩兵が携行するポータブルタイプには、ここで示す通り、シャベルのほかに”Ax”(手斧)、”Pick Mattock”(ツルハシ)、”Wire Cutters”(鉄線鋏)がありました。これら土工具の種類については、おそらく各国ともに概ね共通していたものと思われます。

 生活用品を含むすべての装具を担いで徒歩で移動する歩兵。仮にすべての兵士がシャベルを持つならば、手斧やツルハシや鉄線鋏は誰が携行したのでしょうか?「歩兵は全員がエンピ(シャベル)を持つ」というフレーズをどこで教わったか憶えていませんが、第二次世界大戦の米陸軍歩兵についていえば、それは正確ではありません。後編では、現存する資料をもとに、土工具の定数と携行区分について検討します。

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