ガスマスクと入組品 #1

棄てたくなる気持ちはわかる。重いからね。

 第一次世界大戦における教訓から、各国の軍隊は周到に攻撃型の化学戦備を整えるとともに、自軍将兵と器材の防護のための装備も怠りませんでした。

 兵士が携行する防護器材は防毒面(ガスマスク)です。空気を浄化する吸収缶がついたゴム製の面体を顔に押し当てて装着することで、呼吸と目をガス攻撃から守ります。

 1941年に製作された教育フィルムです。ガス攻撃を受けた場合の対応について紹介しています。

 第二次世界大戦で米軍が戦った相手は、いずれも周到な化学戦備がありましたが、報復への恐れと人道的な抑制から、主要戦場において致死性ガスが使用されることはありませんでした。しかし、防毒面をはじめとする防護装備は、戦争が終結する1945年まで継続して装備が続けられました。もちろん、戦後も兵士にとって不可欠の装備として、個人携行が継続されています。

 WW2米軍歩兵が装備した防毒面は戦中に改良が加えられ、多くのモデルとバリエーションがあります。もっとも大きな特徴は吸収缶の改良です。大型の四角い形状から、軽量でコンパクトな円筒形のものに変更されました。面体も構造上の改良や、戦争の進展によって素材を天然ゴムから合成ゴムへ変更しているほか、吸気弁や締帯など、様々な部品によってバリエーションがあります。

 WW2米軍歩兵を再現するうえでオーソドックスな2種類の防毒面をご紹介します。

 サービス・マスク(SERVICE MASK)という名称のものです。中央にある面体とホースでつながった吸収缶が防毒面、左側のキャンバス地のものが収容嚢になります。右側にならんでいるのは、後述する収容嚢への入組品(属品類)です。

 この防毒面は、冒頭の教育映像でも使用されていた従来型の吸収缶を連結していますが、面体は改良されたもので、1942年から製造されています。在庫がある従来型の吸収缶に新しい改良型の面体を交換するなどしているため、バリエーションがあります。この写真の防毒面はM2A2というモデルで、1943年にジェネラル・タイヤ・アンド・ラバー社で製造されたものです。

 吸収缶は収容嚢に入れて、内側にあるストラップで固定します。携行性と防塵防滴とともに、収容嚢に入れることで、ガスの濃度を抑える一次浄化の効果も期待できます。

 ライトウェイト・サービス・マスク(LIGHTWEIGHT SERVICE MASK)という名称のものです。中央が防毒面、左側が収容嚢、右側が属品類です。この写真の防毒面はM3というモデルです。従来の吸収缶が大きく嵩張ることから、小型化と軽量化を目的に改良されたものです。吸収缶は円筒形のコンパクトなものとなっています。面体も内部が曇り防止のために改良されています。面体のゴムの色が灰色から黒色にかわっているのは、戦争による資源節約と代用素材開発で、面体の素材が天然ゴムから合成ゴムに変更されたためです。

 面体の吸気口を内側から撮影した写真です。左側が従来のサービス・マスク、右側が改良型のライトウェイト・サービス・マスクです。改良型は、曇り止めのための弁が新たに設けられています。

 ライトウェイト・サービス・マスクは、1942年に採用され、翌年の1943年から製造が本格化しています。ここで紹介した面体は、グッドイヤー社が1943年に製造したものです。さきほどのサービス・マスクと同じ年に並行して生産がおこなわれていたことがわかります。

 ライトウェイト・サービス・マスクでは、面体と吸収缶をつなぐホースが短くなったことから、収容嚢も新しいショルダーバッグタイプに変更されています。収容嚢は、1943年までは俗にいう“カーキ”色(OD#3)のキャンバス地で生産されていましたが、1944年以降は、先ほどの写真にあるように、濃緑色(OD#7)のキャンバス地で生産されています。

 第二次世界大戦の米軍歩兵を再現するならば、1943年まではサービス・マスク、1943年以降はライトウェイト・サービス・マスクがよいでしょう。

 なお、防毒面のモデルとバリエーションについては、ゴム製の面体に記されたマーキングにある化学部(CWS)が定めた仕様番号または試験番号によって判別可能です。通常は両方が記載されていますが、面体によっては試験番号のみのものもあります。

 面体のマーキングです。製造年とメーカー名とともに、仕様番号と試験番号が記載されています。左がサービス・マスク(M2A2)、右がライトウェイト・サービス・マスク(M3)です。いずれも顎にあたる部分にマーキングがあります。モデル別の仕様番号と試験番号は、US ARMY DATA DEPOTのサイト(フランス語)で詳しく紹介されています。

 ところで、従来型の吸収缶がついたサービス・マスクは、“ヘヴィー・ウェイト”という俗称で呼ばれていますが、米軍ではそのような名称をつかっていません。これは、軽量化された改良型が“ライトウェイト”という名称だったことに対してコレクターが発案した造語ではないかと思います。

 サービス・マスクの重量は約1.8キログラム、ライトウェイト・サービス・マスクの重量は約1.3キログラムです(いずれも筆者所有のM2A2とM3を実測した値での比較)。重量差では約500グラム、約3割ほどの軽量化がはかられています。

 1949年に公開された映画「Battleground」(邦訳版「戦場」)では、主人公らが行軍中に収容嚢から防毒面を取り出し、側溝に棄てるシーンがあります。実際にこのような行為が頻発したそうです。

 劇中で棄てられているのは、軽量化されたライトウェイト・サービス・マスクです。徒歩行軍の兵士にとっては、たとえ改良で軽量化されていても、重くて嵩張る“お荷物”なわけです。そして、実際には、個人携行の化学防護器材は防毒面以外にもあり、収容嚢に入れて携行します。それらの入組品を含めると、さらに重くなります。

 次の記事で入組品についてご紹介します。


映画「Battleground」(邦訳版「戦場」)は、戦争終結からわずか5年後に製作されたこともあり、ヨーロッパ戦線における米軍歩兵の様相をよく再現しています。Amazon Prime Videoで視聴できます(2020年10月現在)。

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