イタリアンフロントー1944年6月

 あの日は、6月だというのに随分と寒い日だった。夜間斥候中にドイツ兵と遭遇したからよく覚えているよ。懐中電灯で顔を照らされたんだ。

 ゴツゴツした岩場を前にした窪地が自分たち分隊の宿営地だった。夕方から雨が降り始めたけど、本降りの前に壕掘りを終わらせることができたから、天幕の屋根と、底には枯れ葉も敷いて、快適な寝床がつくれた。

 Kレーションを食べて、水で溶いた冷たいコーヒーを飲んだ。人心地ついて、バディのクライネと一緒に壕へ潜り込んで身体を横にしてすぐだった。副分隊長の声がした。

「トクナガ二等兵、15分後に分隊長壕に集合。夜間斥候に出る」。

 やれやれ。せっかく休めると思ったのにこれだ。心なしかクライネが嬉しそうだ。こいつは立哨の後にすぐ昼間斥候に志願して壕掘りを途中で抜けた。抜け目ない。軍隊は要領だ。小さな損が積み重なって、それがいつか生死を分けることになるのかもしれない。

 分隊長壕に行くと、副分隊長とGJがいた。2人一組の斥候。自分は分隊長と組む。

 分隊長はハワイ出身で、大隊が出征した時からの生き残りだった。新婚らしいが、自分との間でプライベートの話をしたことはない。BAR射手のナカタニとは同じ島の出身らしく仲が良いようで、何度か冗談を言い合っているのを見かけた。自分には打ち解けた態度をとることはなかった。かといって差別するようなこともなかった。

 今夜の斥候は、正面約2マイル先にいる敵が設置した障害と陣地の構成を把握すること。翌朝の攻撃発起に備えてのことだそうだ。

 分隊長から目標を聞いて、初めて敵の主力がすでに後退していることを知った。いま正面には殿(しんがり)の一個中隊しかいないらしい。それを聞いて少し気が楽になった。

 ドーランを顔に塗って、水筒の水を飲んでから、ライフルと弾薬だけ持って出発する。

* * * * *

 昼間は緑が美しい木立も、夜は黒々として、雨でボヤっとしか見えない。収容所に入る前に祖父が見せてくれた筆と墨で描いた水彩画みたいだ。

 1時間ほど前進して、敵陣地の近く、Dポイントまで来た。ここで副分隊長・GJ組と別れる。彼らは右翼からぐるりと迂回して、敵の側方から偵察する。自分らは正面を偵察する。2時間後の集合を約して別れた。

 二人と別れた後に、分隊長に小声で合い言葉を確認した。二人に聞かれると恥ずかしいからね。でも、この夜に合い言葉をつかうことはなかった。副分隊長とGJの二人は集合時間になっても現れなかったんだ。今となっては彼ら二人の顔をあまりよく思い出せない。GJが洒落た丸メガネを掛けてたのは覚えてる。

* * * * *

 暗闇でほとんど何も見えない。何度も目をこすったが、見え方に変わりはなかった。ほんの10フィート先をいく分隊長の後ろ姿さえ、わずかに動いた時の輪郭がぼんやりとしか見えない。分隊長の微かな足音を頼りに進んでいく。

 ポポポポ。小さな動物のような声で分隊長が自分を呼んだ。腰をかがめながらそばまでいく。促されて、初めて敵の張った鉄条網が目の前にあることがわかった。昼間斥候でこの鉄条網の存在は把握していたそうだ。ここを起点にして鉄条網に沿って動き、敵陣地の構成と敵機関銃の位置を調べる。

 斜面から窪地へと動いていった。そのときだ。「×□△◇※!」。すぐに100フィートほど後退する。声の感じからすると随分近かったようだが、ドイツ兵は撃ってこなかった。

 窪地から脱出したあと、谷を覗くようなところで、白く浮かび上がった道路上を敵の歩哨が通過していくのを見送っていたときだった。向かいの尾根からドイツ兵の声と数発の銃声が聞こえた。副分隊長とGJが見つかったのだろうか?

 ふと後ろを見ると、遠く左斜めを赤色の懐中電灯が横に遠のいていく。敵の伝令のようだ。

 尾根から鉄条網を横に見るような斜面でしばらく様子をうかがう。斜面の中腹あたりでチラチラと灯りが見えた。壕の中でランプを使い、天幕が捲れた時に光が漏れたのだろう。しばらくして灯りは消えた。

* * * * *

 敵はかなり警戒しているはずだが動きがない。殿だから、わざわざ出張って無駄死にすることもないと、穴に籠もっているのだろう。こちらとしては好都合なので偵察を続けることにする。

 分隊長は、最初に誰何を受けた場所に戻るという。鉄条網の構成と仕掛け爆薬がないことはだいたい把握できたが、機関銃の在処がまだわからない。分隊長はあそこが機関銃の穴かもしれないと言う。誰何の後に槓桿を引く音が聞こえたが、それが小銃ではなくて機関銃のように聞こえたからだそうだ。自分はドイツ兵の誰何にビックリして、その音に気がつかなかった。

 ふたたび窪地へ移動していき、最初に誰何を受けた場所を迂回して、斜面の上に出たときだった。赤色の懐中電灯がこちらに向かってくるのが見えた。さっきの伝令が戻ってきたようだった。すぐに木の陰に隠れる。

 赤色の光はこちらにどんどん向かってくる。木に沿わしている身体を赤色の光に合わせて少しずつ動かすが、奴はほぼ真っ直ぐに自分に向かってくる。なんてこった!

 音を出さずにジッとやりすごそうと動きを止めた。そのときだった。真横まで来た赤色の光がこちらに向けられた。暗闇のなかで自分の顔が赤く照らされた。数秒の間があったと思う。なんとも不思議な感じだった。

 赤色の光が何か喋った。動けなかった。二言目が聞こえたその瞬間、分隊長の低く力強い「逃げろ!」の声とともに、脱兎のごとく走り出した。

 後ろでドイツ兵が大声で叫ぶ。よろめきなが30フィートほど走り、左足の脛に倒木を感じた瞬間に、自然と受け身の姿勢をとった。コロリときれいに身体が反転して仰向けになった。すぐに起き上がって、腰かがみに早足で逃げる。ドイツ兵は追ってこなかった。

 さすがに敵の陣地も騒がしくなった。遠く後ろでドイツ兵の誰何と銃声が3、4回繰り返された。敵も見えないのだ。怖いのだ。

 分隊長は、この騒ぎに乗じてもう少し偵察を続けようという。斜面を下って迂回しようとしたが、さすがの敵も警戒強化に出てきたようで、接近が困難になった。分隊長は偵察続行を断念し、集合ポイントに戻ることにした。

 集合ポイントに到着して、木立を背にして座った。分隊長が夜光時計を確認すると、集合時間まであと30分だった。

 雨が強まっては弱まり、また強まっては弱まった。パタパタと雨雫が地面に落ちる音で、二人が来たんじゃないかと何度か耳をすませた。しかし、二人は現れなかった。

「来ないな。帰還しよう」。分隊長が意を決したように起き上がった。「ガスが出てきたな」。分隊長は霧で視界が落ちたというが、迷うことなく進んでいく。自分の目では霧の有無で視野に違いはなかった。ハワイ育ちは夜目が効くのだろうか。

* * * * *

「ご苦労だった。壕に戻って休め」。

 そう声を掛けられて、さっき通ってきた場所が味方の歩哨壕だったことに気づいた。本部へ報告に行く分隊長と別れ、足探りで分隊宿営地に戻る。万が一穴に落ちて仲間を踏んづけでもしたら、笑い物どころか袋叩きに遭うのがオチだ。この大隊で本土出身の補充兵はあまり好かれていない。

 GJの壕を覗いて彼が戻ってないか確認しようかとも思ったが、いざ自分の壕にたどり着いたら、100フィート先の彼の壕まで行く気が起きず、すぐ雨具を羽織って壕に入りこんだ。クライネの吐息が聞こえた。寝床は濡れていなかった。

 うまく掛けられない毛布を胸の前に抱くようにして横になる。ガチガチと歯が鳴った。確かに寒いが、緊張が解けたのもあったと思う。すぐ眠りに落ちた。

 起床までの間に足の寒さで何度も目を覚ました。天幕の張り方が雑で、足だけ雨に濡れていたからだ。途中、クライネが壕の外に出た。声は掛けなかった。朝になって聞いてみたら、壕の側壁から飛び出た木の根から水が滴って冷たさに堪えきれず、しばらく外にいたそうだ。明け方前に分隊長が声を掛け、クライネは壕の中に戻ってきた。このときも自分は声を掛けなかった。クライネが横に来た瞬間に、壕の中の温度が1度上がった気がした。

 目が覚めて、なんとなく天幕の外が明るいな、と感じた。すぐに「起床!10分後に分隊長壕に集合」の声が聞こえた。今の声は誰だろう。自分には副分隊長の声に聞こえた。

(終)

2019年4月28・29日にかけて富士周辺において、WWIIリエナクトメントグループのBco/100Bn及びLueders Kaserneの共同主催によりおこなわれたイベント時の様子を回想風に再現したものです。トップの写真は、毎回素晴らしい戦場写真を撮影いただいている、太郎丸(@taromaru1701)さんの作品です。